中途半端な生活を送る日々。
その現実から逃避する人生を非日常として認識せず、当たり前だと思ったのはいつからだろうか。
その現実から逃避する人生を非日常として認識せず、当たり前だと思ったのはいつからだろうか。
Read More...
物心が付くだろうか、付かない年齢だろか、今でも覚えてるのだからきっと前者なんだろうな。
その当時、父親から叱咤を受けた際に言われた一言が今での脳裏にこびり付いてる。
こっちは必死に研磨剤を使ってでも、ガンコにこびりついた 「ソレ」 を落としたいというのに。
「お前は何をやっても、何をやらしても中途半端だな」
言語が音波として空中を浮遊したのち、鼓膜に届いてからの動揺具合は、
初めて薬をキメたという感覚なのだろうか。
視界はぼやけ、脳は今にでも活動を休止せんばかり、胃から食道を通って、その日の夕食が
外の世界へようこそしたのを鮮明に覚えている。
もう二度とあんな体験はゴメンだね。よそでやってくれ。
今日一日を過ごして、私は一体これから何をしたいのか。
じっくりことこと煮込むとまではいかないが、ここ最近、人間の三大欲求をこなす事以外に
使わなかったであろう薄汚い脳漿に命令を送り、考えてみた。
このエントリを見てくださってる方に対し、非常に申し訳ないのであるが、詳細を綴ることが出来ない。
一体、それは何故なのか?
もうオチは見えているだろう。 何一つ浮かばなかったのである。
本気になってやりたいことがあるか、本気になって守りたいものがあるか。本気になって生きたいか。
自答し続けた結果 「見つからない」 というものだった
一寸先は闇ということを暗示してるのだろうか。
むしろ、自分自身でそうさせてるのかは分からない。
もちろん、楽しいことをやれば楽しい、悲しいことがあれば悲しい。
喜怒哀楽は人一倍持ってる方だと自負している。
それを踏まえ、感情を付加させても何もなかった。
そんな自分に嫌気が刺し、街を途方も無く歩く。
もちろん、ここからの文章は妄想を文章化したものだ。考えてもみて欲しい。
実際にこんな事があっては常識という言葉はたちまち意味を無くしてしまうだろう。
私が街中を歩いていると肩を叩かれ、いかにもと思わせる装いの初老の男性がある封筒を差し出す。
「封筒の中に一枚の紙が入ってる」
「自分の名前と過去の戻りたい日時、年月、時間を書いて、眠りにつくといい」
「自分で希望した時から人生をやり直すことが出来るだろう」
突然おかしなことを口にする老人に困惑し、近くの建造物に目をやって目を離した瞬間―――。
その男性は忽然として目の前から消えてしまった。
誰だってこんな経験をしたら、困惑するに違いない。
もちろん私もその例に漏れる事無く、仮にこれがTV番組の企画だったとした場合、
調査員からしたらさぞかしつまらないだろう。
文句を言われても困るわけだが、その真偽は不明である。無論、考える必要も無い。
さて、その封筒の中身の紙にそんな効力があった場合・・・皆さんはどうするだろう?
過去に戻るというのは、すなわちやり直しが効くという事であると同時に
今現在までに行ってきた事を繰り返さない限り、同じ未来はないということ。
一つでも違うことを行えばどこかで軌道が変わってしまうのだ。
そういう結果が待ってると考えた場合・・・。
今現在の時間が好きな人からすれば、ゴミでしかない紙。
言い換えれば、嫌いな人には巨万の富にすら変え難いものだろう。
しかし、この紙を使う時に後ろ髪を惹かれずに日時、年月、時間、名前を記入して書き込める人は
何人いるだろうか。
そう考えている内に、時計の針は休むことなく与えられた仕事をこなし、
目をやると長針、短針ともに12時を差していた。翌日になってしまったのだろう。
結局、これからの歩むべき道についての答えも、魔法の手紙の答えも見つからずに今日が終わった。
この泥沼から抜け出せるのはいつだろうか。
父親からの言伝という錆を落とすには、どうしたらいい。言葉の意味通り、
中途半端を否定する事をするべきなのだろうが、どうも活力というものが足りないみたいだ。
しかし、この状況を打破したいと思う感情も心の片隅で眠ってる。
今の自分に足りないものも分かっている。それさえあれば 「本気」 を取り戻す事も出来る。
それでも振り向いてはくれない。どんなに努力しても報われない。もちろん願っても叶わない。
ああ、代わりが効くものであれば良かった。この気持ちどうしてくれよう。
いつもの更新内容だと思って最後まで見て下さった方々。
話も唐突で、自己完結の塊の文章になってしまって申し訳ないと思うと共にありがとうと言いたい。
思いついた事をそのまま綴り、文章としておかしい箇所を修正しただけなので、
理解不能・意味不明な箇所が多いと思う。
私と同じような思考、日常を送ってる人が居たら不謹慎だろうけども喜んでしまう。
でも、その人には私のようにはなってもらいたくはない。
是非とも1日を意味のあるものとして生活して欲しいと思う。
明日はガラリと雰囲気が変わると思うますが、驚かないで下さい。
こういう文章を書いてみたいという気持ちが抑え切れなかったので。
本来はミクシィに載せるべきだったのだろうか・・・書き終えた今でも不安が消えません。
こんな事を書いてる暇があったら、まずは体調を整えないと。
それでは、おやすみなさいませ。
Hide More...
その当時、父親から叱咤を受けた際に言われた一言が今での脳裏にこびり付いてる。
こっちは必死に研磨剤を使ってでも、ガンコにこびりついた 「ソレ」 を落としたいというのに。
「お前は何をやっても、何をやらしても中途半端だな」
言語が音波として空中を浮遊したのち、鼓膜に届いてからの動揺具合は、
初めて薬をキメたという感覚なのだろうか。
視界はぼやけ、脳は今にでも活動を休止せんばかり、胃から食道を通って、その日の夕食が
外の世界へようこそしたのを鮮明に覚えている。
もう二度とあんな体験はゴメンだね。よそでやってくれ。
今日一日を過ごして、私は一体これから何をしたいのか。
じっくりことこと煮込むとまではいかないが、ここ最近、人間の三大欲求をこなす事以外に
使わなかったであろう薄汚い脳漿に命令を送り、考えてみた。
このエントリを見てくださってる方に対し、非常に申し訳ないのであるが、詳細を綴ることが出来ない。
一体、それは何故なのか?
もうオチは見えているだろう。 何一つ浮かばなかったのである。
本気になってやりたいことがあるか、本気になって守りたいものがあるか。本気になって生きたいか。
自答し続けた結果 「見つからない」 というものだった
一寸先は闇ということを暗示してるのだろうか。
むしろ、自分自身でそうさせてるのかは分からない。
もちろん、楽しいことをやれば楽しい、悲しいことがあれば悲しい。
喜怒哀楽は人一倍持ってる方だと自負している。
それを踏まえ、感情を付加させても何もなかった。
そんな自分に嫌気が刺し、街を途方も無く歩く。
もちろん、ここからの文章は妄想を文章化したものだ。考えてもみて欲しい。
実際にこんな事があっては常識という言葉はたちまち意味を無くしてしまうだろう。
私が街中を歩いていると肩を叩かれ、いかにもと思わせる装いの初老の男性がある封筒を差し出す。
「封筒の中に一枚の紙が入ってる」
「自分の名前と過去の戻りたい日時、年月、時間を書いて、眠りにつくといい」
「自分で希望した時から人生をやり直すことが出来るだろう」
突然おかしなことを口にする老人に困惑し、近くの建造物に目をやって目を離した瞬間―――。
その男性は忽然として目の前から消えてしまった。
誰だってこんな経験をしたら、困惑するに違いない。
もちろん私もその例に漏れる事無く、仮にこれがTV番組の企画だったとした場合、
調査員からしたらさぞかしつまらないだろう。
文句を言われても困るわけだが、その真偽は不明である。無論、考える必要も無い。
さて、その封筒の中身の紙にそんな効力があった場合・・・皆さんはどうするだろう?
過去に戻るというのは、すなわちやり直しが効くという事であると同時に
今現在までに行ってきた事を繰り返さない限り、同じ未来はないということ。
一つでも違うことを行えばどこかで軌道が変わってしまうのだ。
そういう結果が待ってると考えた場合・・・。
今現在の時間が好きな人からすれば、ゴミでしかない紙。
言い換えれば、嫌いな人には巨万の富にすら変え難いものだろう。
しかし、この紙を使う時に後ろ髪を惹かれずに日時、年月、時間、名前を記入して書き込める人は
何人いるだろうか。
そう考えている内に、時計の針は休むことなく与えられた仕事をこなし、
目をやると長針、短針ともに12時を差していた。翌日になってしまったのだろう。
結局、これからの歩むべき道についての答えも、魔法の手紙の答えも見つからずに今日が終わった。
この泥沼から抜け出せるのはいつだろうか。
父親からの言伝という錆を落とすには、どうしたらいい。言葉の意味通り、
中途半端を否定する事をするべきなのだろうが、どうも活力というものが足りないみたいだ。
しかし、この状況を打破したいと思う感情も心の片隅で眠ってる。
今の自分に足りないものも分かっている。それさえあれば 「本気」 を取り戻す事も出来る。
それでも振り向いてはくれない。どんなに努力しても報われない。もちろん願っても叶わない。
ああ、代わりが効くものであれば良かった。この気持ちどうしてくれよう。
いつもの更新内容だと思って最後まで見て下さった方々。
話も唐突で、自己完結の塊の文章になってしまって申し訳ないと思うと共にありがとうと言いたい。
思いついた事をそのまま綴り、文章としておかしい箇所を修正しただけなので、
理解不能・意味不明な箇所が多いと思う。
私と同じような思考、日常を送ってる人が居たら不謹慎だろうけども喜んでしまう。
でも、その人には私のようにはなってもらいたくはない。
是非とも1日を意味のあるものとして生活して欲しいと思う。
明日はガラリと雰囲気が変わると思うますが、驚かないで下さい。
こういう文章を書いてみたいという気持ちが抑え切れなかったので。
本来はミクシィに載せるべきだったのだろうか・・・書き終えた今でも不安が消えません。
こんな事を書いてる暇があったら、まずは体調を整えないと。
それでは、おやすみなさいませ。
Hide More...